韓国総選挙まで残すところ3ヶ月、尹政権は経済政策で勝機を見出せるか

~追い風となる材料は乏しく、総選挙後に政権が「死に体」化する可能性を想定しておく必要があろう~

西濵 徹

要旨
  • 韓国では尹政権にとっての「中間評価」となる総選挙が4月10日に総選挙が予定されており、政治の季節は佳境を迎えている。大統領と議会のねじれ状態となるなか、尹政権の支持率は発足直後から低空飛行が続く。その要因には野党による政権運営を巡る「強権」とのレッテル張りが成功したほか、経済政策面での「無策ぶり」がある。物価高と金利高の共存状態が長期化するなかで家計、企業ともに厳しい状況に直面するなか、足下では不動産市況の低迷も重なるなど難しい舵取りを迫られる展開が続いていることがある。
  • 昨年は商品高と米ドル高が一巡してインフレが頭打ちに転じたため、中銀は利上げ局面を休止させてきたが、足下のインフレは依然中銀目標を上回る推移が続く。韓国の家計債務はGDP比で100%超と突出した水準にあるなか、中銀は11日の定例会合で8会合連続の金利据え置きを決定するなど慎重姿勢を維持している。先行きの景気、物価動向については昨年11月時点の見通しを据え置く一方、足下の不動産価格が再び頭打ちの動きを強めるなかで不動産融資に関連するリスクを警戒する姿勢をみせる。先行きの政策運営については引き続き現行のスタンスを維持する可能性が高いと見込まれる。
  • 会合後に記者会見に臨んだ中銀の李総裁は、利上げ局面が終了した可能性に言及する一方、市場で高まる利下げ期待を繰り返し諫める姿勢をみせる。中堅建設企業による債務再編問題を巡っては静観する構えをみせる一方、中小企業向け支援の拡充により対応する考えをみせるとともに、向こう半年は金利が据え置かれる可能性を示している。総選挙までに経済政策面で政権や与党の追い風となる材料は乏しいなか、総選挙後もねじれ状態が続いて政権が「死に体」化していくことを想定しておく必要があろう。

韓国では、2022年に発足した尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権に対する『中間評価』となる総選挙(国会(一院制:総議席数300))が4月10日に実施されるなど、残り3ヶ月を切るなかで『政治の季節』は佳境を迎えている。なお、現状は尹政権を支える保守政党である与党の「国民の力」は国会内で少数派に留まるなど、大統領と国会の間でいわゆる『ねじれ状態』にあり、政権が独自の政策運営を行う上での障壁となっており、仮に総選挙において与党が多数派を奪取することが出来れば政策遂行が容易になることが期待される。ただし、与野党による泥仕合が激化する形で国民の間の分断を一段と露わにする格好となった大統領選の末に誕生した尹政権を巡っては(注1)、発足直後から支持率は大きく低下するとともに、足下では30%台の『低空飛行』状態で推移するなど政権浮揚の機会を得られない状況が続いている。こうした要因のひとつには、尹氏が検事総長出身という経歴も影響して政権内に検察官出身者が多数占めるほか、長年の課題とされる労働組合改革などを断行するなかで野党は『検察独裁』といったレッテルを張る形で批判を強めていることも重なり、政権運営を巡って国民の間に『強権』との印象が強まっていることを挙げる向きがみられる。他方、大統領選においては経済問題が争点となっていたにも拘らず、尹政権による経済政策を巡る『無策ぶり』が支持率低迷の一因になっているとの見方も強い。なかでも文在寅(ムン・ジェイン)前政権下においてはコロナ禍対応を目的とする金融緩和を追い風とする『カネ余り』のなかでコロナ禍一巡による景気回復の動きも重なり、首都ソウルを中心とする不動産価格の高騰が格差拡大を招くとともに国民の間に不満が高まる一因となってきたこともあり、尹政権は不動産政策の転換を謳う姿勢をみせてきた。しかし、現実には一昨年来の商品高や米ドル高によるインフレ昂進を受けて中銀は断続利上げを余儀なくされる一方、その後もインフレが高止まりするなかで物価高と金利高が共存する状況が長期化する展開が続いている。なお、韓国経済は構造面で輸出依存度が相対的に高く、足下の景気は外需をけん引役に底入れの動きを強めているものの、上述のように物価高と金利高の共存状態が長期化するなかで家計、及び企業部門ともに厳しい状況に直面しており、家計消費を中心とする内需は伸び悩む展開をみせている。とりわけ不動産価格の高騰による悪影響が直撃してきた若年層の雇用を取り巻く環境は依然として厳しい展開が続いており、家計消費の回復が遅れる一因となっている。他方、金利上昇に伴い債務負担が増大するなかで上昇の動きを強めてきた不動産市況は一転して頭打ちしており、逆資産効果による実質購買力への下押し圧力も重なり、家計消費の足かせになっているとみられる。結果、世論調査においては一貫して革新派の最大野党「共に民主党」が国民の力を上回る推移が続いており、与党は劣勢状態となっている。今月初めには共に民主党の李在明(イ・ジェミョン)代表が地方視察中に襲撃される事態となったが(李氏は10日に退院)、この事件やその背後関係なども総選挙の行方に少なからず影響を与える可能性も考えられる。

図 1 不動産価格の推移
図 1 不動産価格の推移

なお、一昨年末以降は商品高と米ドル高の動きが一巡したことでインフレは頭打ちに転じたため、中銀は昨年2月に1年半に及んだ利上げ局面の休止に動くとともに、その後は様子見姿勢を維持する対応をみせている。足下のインフレは依然として中銀目標(2%)を上回る推移が続いている上、異常気象を理由とする食料インフレ圧力がくすぶるなど難しい対応を迫られる状況が続いている。さらに、韓国においては元々アジア太平洋地域のなかでも家計債務水準が突出した水準にあるなか、不動産価格が急上昇した背後で家計債務は増大のペースを強めた結果、足下ではGDP比で100%を上回るとともに、その大宗を住宅ローンが占めるなど金融リスクを招く懸念もくすぶる。こうしたなか、中銀は11日の定例会合において政策金利を8会合連続で3.50%に据え置く決定を行うなど様子見姿勢を維持した格好である。会合後に公表した声明文では、今回の決定について「インフレは鈍化基調にあるも依然高止まりしている上、不確実性も高く、国内・外の政策状況を見極めることが適切と判断した」との考えを示している。その上で、同国経済について「外需をけん引役に緩やかな回復が続いている」との認識を示しつつ、先行きについて「内需は緩やかな回復に留まるも輸出の改善が見込まれる」として「今年通年の経済成長率は昨年11月時点の見通し(+2.1%)に一致している」ものの「国内外の金融政策や世界的なIT産業の動向の影響を受ける」との見方を示している。物価動向については「鈍化が続くと見込まれるがそのペースは緩やかになる」とした上で「今年通年のインフレ率は昨年11月時点の見通し(+2.6%)に一致する」ものの、「世界的な原油価格や農産物価格、国内外の景気動向による不確実性が高い」との見方を示す。また、金融市場を巡っては「長期金利は低下している上、ウォン相場は落ち着いた推移が続いている」ものの、「住宅価格が全国的に下落に転じるなかで不動産融資に関連するリスクは高まっている」との認識を示している。先行きの政策運営については「金融市場の安定に留意しつつ、景気安定と中期的な観点での物価安定を目指す」との従来からの姿勢を維持する一方、「不確実性が高いなかで、インフレが目標に収束すると自信が持てるまで十分長期に亘って抑制的なスタンスを維持する」としつつ、「物価の鈍化、金融市場を巡るリスク、景気を巡るリスク、家計債務、主要国の金融政策、地政学リスクを注視する」と従来の姿勢を維持している。

図 2 インフレ率の推移
図 2 インフレ率の推移

図 3 家計部門の債務残高の推移
図 3 家計部門の債務残高の推移

図 4 ウォン相場(対ドル)の推移
図 4 ウォン相場(対ドル)の推移

会合後に記者会見に臨んだ同行の李昌鏞(イ・チャンヨン)は、今回の決定についても「全会一致で行われた」とした上で、「追加利上げに動く必要性は後退している」と利上げ局面が終了に達しているとの認識を示している。さらに、「6人の政策委員のうち5人がターミナルレート(到達金利)を3.50%と認識している」との見解を示す一方、「早過ぎる利下げは経済に悪影響を与えかねず、インフレが安定化するまで待つことがベストである」、「利下げを議論するには早過ぎる」と述べるなど、金融市場において早くも意識されつつある利下げ観測をけん制する姿勢をみせている。なお、足下においては高金利の長期化やそれに伴う不動産市況の頭打ちを理由に、多額の住宅関連のプロジェクトファイナンス案件を抱える中堅建設企業が債務再編を公表するなど金融市場に不透明感が高まっていることに関連して、「この問題が金融システムリスクに発展する可能性は低い」、「現時点においては特定企業に対する支援策はない」と述べる一方で「必要に応じて市場安定化に向けた対応を講じる用意はある」と述べている。その上で、金利高に苦しむ企業に対する支援に関連して「ほとんどの政策委員が中小企業を支援することを目的とする的を絞った支援策の実施に同意している」として、具体的に銀行間融資支援枠の積立金(9兆ウォン)を活用して中小企業支援の拡充を図る方針を明らかにしている。他方、先行きの政策運営について「政策委員は向こう半年に亘って利下げを検討しておらず、その可能性は低いであろう」と述べるなど、繰り返し利下げ期待を諫める考えをみせている。足下の家計、企業のマインドを巡っては、ともに回復感の乏しさを示唆する動きをみせるなど景気の勢いの陰りが懸念されるなか、最大の輸出相手である中国経済を巡る不透明感も景気の足かせとなる展開も予想される状況を勘案すれば、経済政策面で政権や与党にとって追い風となる材料は乏しいのが実情であろう。その意味では、政権や与党にとっては総選挙に向けて残された3ヶ月のなかで如何に実のある政策を打ち出すことが出来るかが重要である一方、ねじれ状態が続くことを念頭に政権後半は『レームダック(死に体)』化することを想定しておく必要があると考えられる。

図 5 全産業景況感と消費者信頼感の推移
図 5 全産業景況感と消費者信頼感の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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